浅井延彦
上荻歯科医院 院長
日本歯科大学を卒業し、上荻歯科医院の院長を務めている。豊富な知識と経験を持ち、日本口腔インプラント学会、顎咬合学会、日本メタルフリー歯科学会に所属し、最新の歯科医療技術の研鑽に励む。
インプラントは、失った歯を修復する方法の中で独特な位置を占めています。その最大の特徴は、他の天然歯に負担をかけることなく、自立して機能する能力です。この特性がもたらす最大のメリットは、残存する天然歯の健康維持にあります。以下では、インプラントがなぜ他の歯への負担を軽減できるのか、そしてそれがもたらす具体的なメリットについて詳しく解説していきます。
歯が失われると、残っている天然歯が隙間に移動したり、軸が傾くことがあります。そのため、永久歯を失った場合には、失った歯の場所を補うための修復物が必要です。この修復方法によって、天然歯への負担が異なり、健康的に維持できるかどうかが決まります。インプラントは、この修復方法の中で、天然歯に負担をかけずに済む理由があります。
ブリッジは、失われた歯の両隣の歯の表面を削り、その上に橋渡しのように装置を連結して固定します。失われた部分は根がなく、歯冠部分のみが修復物で再現されるため、咬合時の圧力は支えとなる両隣の歯にかかります。そのため、負担が大きくなります。たとえ天然歯が虫歯でなくても、削った部分に被せ物をするため、ブラッシングを怠ると装置との境目から虫歯ができやすくなりますので注意が必要です。また、保険適用のブリッジは通常銀製であるため、3本連結の銀製の被せ物は笑ったときなどに目立ちやすくなります。
入れ歯は、失った歯を人工歯で再現し、歯茎に乗せる部分である義歯床(ぎししょう)と一体になった装置です。部分入れ歯の場合、固定点は歯茎の上に置くだけで、両側の天然歯に金属製のバネを掛けて固定します。これにより、天然歯の歯質を大幅に削ることはありませんが、バネが引っ掛かりやすくするために、わずかに削ることがあります。入れ歯は歯根まで再現されていないため、噛んだときの咬合圧は両側の天然歯に分散されることになります。
▶インプラントは天然歯に負担をかけません
インプラントは、失った歯の部分の歯茎を開き、その下の顎の骨を土台に合わせて切削します。その後、インプラント体(フィクスチャー)を埋入し、歯根の働きを再現します。インプラント体が骨と結合して安定した後、人工歯を取り付けて歯を再現します。この方法により、歯根部分から再現するため、他の歯に負担をかけることなく、単体で修復が可能です。インプラントは咬合圧を受け止める機能を持っているため、両側の天然歯には過度の負担がかからず、結果として天然歯の寿命を維持するのにも寄与します。
インプラントが単体で修復できるため、他の歯に負担をかけることがないことはご理解いただけたかと思います。インプラントを選ぶことで、天然歯を守ることにもつながります。ここでは、そのメリットを3つご紹介します。
インプラントは独立して機能するため、隣接する他の天然歯を削る必要がありません。これに対して、ブリッジや入れ歯は支えを必要とするため、健康な天然歯であっても削ることが避けられません。歯質を削ることは、虫歯のリスクを高めるだけでなく、歯にかかる負担を増大させてしまいます。インプラントを選択することで、これらのリスクを回避し、天然歯を健康に保つことができます。
噛む際の咬合圧は通常約60kg程度と言われており、この圧力は全ての歯で分散して受け止められています。しかし、歯を1本でも失うと、残った歯にその負担が集中し、1本あたりの負担が増加してしまいます。この結果、健康だった天然歯の寿命が縮まることもあります。インプラントは、土台を顎骨に埋め込むことで歯根の役割を再現し、天然歯と同様に咬合圧を受け止めることができます。これにより、噛む力の約90%を回復させることができるため、残存する天然歯に過度な負担がかかることを防ぎます。この特性が、天然歯の寿命を縮めることなく維持できる理由です。インプラントを選択することで、全体的な口腔の健康を保ちながら、天然歯の長期的な寿命を守ることが可能となります。
ブリッジや入れ歯は、継ぎ目や連結部分、天然歯との接続部分など、複雑な形状を持つため、これまでの歯磨きだけでは汚れを完全に落としきれないことがあります。その結果、虫歯や歯周病のリスクが高まる可能性があります。また、不具合が生じた場合には、連結部分を含む全体を外して修理する必要があり、再治療には手間がかかります。一方、インプラントは単体で機能するため、人工歯根と人工歯の接続部分もシンプルで審美性が高く、メンテナンスが容易です。不具合が生じた場合でも、構造がシンプルであるため、対応がしやすく、再治療も比較的簡単に行えます。このため、インプラントは日常のケアがしやすく、長期的な口腔健康の維持に役立ちます。
隣接する2本の歯を喪失した場合、通常は2本のインプラントを埋入する治療が考えられます。しかし、欠損部の前方に健康な天然歯がある場合、別の選択肢が浮上します。欠損部の後方にインプラントを1本埋入し、前方の天然歯と橋渡しするブリッジ修復法です。
この方法には、外科手術の回数を減らし、治療費を抑えられるという利点があります。インプラント1本で済むため、患者への身体的・経済的負担が軽減されます。しかしながら、この「インプラントブリッジ」には注意すべき点もあります。片方の支台がインプラントで、もう片方が天然歯という構造は、天然歯に過度な負担をかける可能性があります。インプラントと天然歯では、咬合圧に対する反応や動きが異なるため、長期的には天然歯の健康に影響を及ぼす恐れがあります。したがって、この治療法を選択する際は、患者の口腔状態や長期的な影響を慎重に考慮する必要があります。歯科医師との詳細な相談を通じて、個々の状況に最適な治療法を選択することが重要です。
インプラントは顎の骨や周辺組織と直接結合しているのに対し、天然歯は歯根膜という組織を介して顎の骨とつながっています。この歯根膜はクッションの役割を果たし、咬合圧を緩衝してくれます。インプラントはしっかりと固定されているため動くことはありませんが、天然歯にはわずかな「遊び」があります。このため、噛み合わせた際の負担のかかり方が異なり、少しのズレでも大きな負担となることがあります。その結果、人工歯が外れたり、歯根膜が委縮して直接衝撃を受けることで破損が生じることもあります。このような性質の違いを理解することは、インプラントと天然歯を組み合わせた治療を行う際に非常に重要です。適切なケアと定期的なチェックアップを行うことで、これらのリスクを最小限に抑えることができます。
複数の歯を喪失した場合、インプラントと天然歯を組み合わせたブリッジよりも、インプラント同士を支台としたブリッジがより望ましい選択肢となります。欠損部の両端にインプラントを埋入し、それらを支台としてブリッジを装着する方法は、より高い安定性を提供します。この方法の最大の利点は、咬合圧が均等に分散されることです。インプラント同士は同じ性質を持つため、咬合時の力を均一に受け止めることができます。これにより、天然歯とインプラントを組み合わせた場合に生じる可能性のある不均衡な負荷を避けることができます。結果として、インプラント支持ブリッジは長期的な安定性が高く、トラブルの発生リスクも低減されます。患者にとっては、より快適で耐久性のある修復が期待できるため、口腔の健康と機能の維持に大きく貢献します。ただし、個々の症例に応じて最適な治療法を選択するため、歯科医師との詳細な相談が不可欠です。
歯を一本でも失うことは、残存する健康な天然歯に対して過度な咬合圧をかけることになります。これにより、全ての歯が揃っていた時と比べて、口腔内のトラブルリスクが高まります。
インプラントは、失われた歯を一対一で置き換える修復方法です。天然歯に近い咬合力を受け止める機能を持つため、残存する天然歯への負担を軽減します。この特性により、インプラントは天然歯の健康を維持するための最適な選択肢となります。
しかしながら、インプラント治療は場合によっては複雑な手順を必要とすることがあります。そのため、治療に関する不安や疑問点がある場合は、担当の歯科医師に詳しく相談することが重要です。専門家のアドバイスを受けることで、個々の状況に最適な治療計画を立てることができ、長期的な口腔の健康維持につながります。
インプラント治療は、単に失った歯の機能を回復するだけでなく、口腔全体の健康を守る重要な役割を果たします。適切な治療と定期的なケアにより、健康で美しい笑顔を長く保つことができるでしょう。